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表題は平成3年11月12日の朝日新聞全国版に載った遠藤剛先生の川柳処女句である。
思わず「ヤッター」と叫んでしまったそうだ。
 先生が川柳に親しむきっかけを作られたのは、先年亡くなられたお父上の芳郎氏。
お医者様の間はもとより、全国の川柳愛好家に知られた存在で、柳号を『余詩朗』といわれた。
お父様はご自分の投稿が新聞や雑誌に載るとうれしそうにそれを切り抜き、関連の記事とともにスクラップしておられたが、お子さん方には、たまに新聞や雑誌を「載ったよ」と渡されることはあっても、感想を聞くことも、「おもしろいぞ」と言われることも、ましてや川柳や投稿を強要することもなかったそうだ。
ただ一つ言われたのは「わからない言葉があったら人に聞くのではなく、まず辞書をひきなさい」という事。これだけは徹底して教育されたそうだ。

先生は昭和三十四年のお生まれ。
帝京大学をご卒業後、同大学第二外科に人局、玄々堂君津病院、帝京大付属市原病院外科、社会保険中央総合病院大腸肛門病センターを経て、平成元年から会津若松市の竹田総合病院外科・肛門科に勤務。同六年にご開業になった。

川柳のおもしろさに目覚めたのは竹田総合病院に勤務して三年目頃のことである。
「患者さんのことで頭がいっぱいという状態からほんの少し余裕ができたんでしょうね。
何げなく父の机の上のスクラップブックに目を通しているうちに、おもしろくなって…」

言葉が心に届いた瞬間である。同じ頃お兄様も川柳の魅力に開眼。二人でお父様のファイルを奪い合うようにして読まれたという。お父様は内心、どんなにか喜んでおられたことだろう。
しかしそんな様子はつゆも見せずに、こう言われた。

 「投稿するのはいいが、全国紙にはそう簡単には載らない。難関だぞ」 この一言にまずお兄様が発奮。
まもなく投稿が全国版に掲載された。

ソマリアを思えば米の味がする(読売新聞秀逸)

 「撲も感動しましたけど、父もやるじゃないかって感心してました。
ただその時に『剛はまだまだだね』と言われて………」 今度は先生が発奮する番である。
そして、誕生したのが冒頭の句。お父様がよろこばれたのは言うまでもない。

投稿が活字になって届く朝(毎日新聞全国版川柳欄採用)

先生の一日はこの句のごとく、新聞がポストにポトリと音をたてて落ちた時から始まる。
 「新聞が届くまで投稿が採用されたかどうかはわからない。
だからドキドキするんです」 新聞投稿で一回に採用になる割合は、おおよそ500通に一通。激戦である。

雑誌社から、掲載された折のイラスト付きで贈呈されたもの

退院祝いに贈られる色紙。聴診器…の句と患者さんへの職員の思いが綴られている
 
採用の有無は一切連絡はなく、投稿から一週間、長くても二週間中に出なければ『没』というのが常識。
同じ句を同時に複数の新聞などに投稿することはご法度で、万が一採用後であっても発覚すれば紙面上で取り消しを宣言される。
 さて掲載の有無を確認する悲喜こもごもの瞬間を経たら、次は新聞八紙に目を通す。
朝日、毎日、読売、産経、日経、スポーツニッポン、二つの地方紙。ネタ探しである。

特に『時事句』づくりにこれは欠かせない。
対して人生の喜怒哀楽を詠んだ『人生句』とも言うべきものもある。
それぞれ五句、合わせて十句を作り、その中から一句を選び相応しい媒体宛に投稿。
これが先生の診療前の日課である。

 「スポーツ選手や音楽家がどんなことがあっても日々の練習を休まないのと同じ。特に始めは多読多作が大事です」と先生。
ちなみに年間に詠まれる句は、約一千句という。
 
「川柳のおもしろさは何といっても俳句のような『季語』や『きまり事』が無く、誰でもどこでもいつでも興味ある事なら、家族の事、医療の事、自然現象、何でも表現できるところですね。ただしそれはこわいところでもあります。
受け取り方も十人十色。千差万別。時には本気で怒ったり抗議する人もありますからね。冷静な推敲が必要です」ではよい句とはどういう句をいうのだろう。

「よく言われるのは、川柳の三要素。『穿ち』『ウイット』『ユーモア』。そういうものが表現されている川柳は、人との会話の中で『故事』とか『ことわざ』のように、なるほどと頷かせたり、感心させたりしますよね。
でも小手先ではだめです。やはり自分をさらけ出していかないと。虚栄があったりすると、読む人が読めばすぐ見抜かれます」それにも増して大事なのは「人間が好きっていうことだと思います。

人間は皆考えてる事は同じであっても、そこに『ほんの少しの違い』のおもしろさがある。それで『ヒト』ということがわかる。そこだな、と最近少しつかめてきました」
『川柳』を『臨床医』と置き換えてもよいかもしれない。

実際先生は「毎日患者さんに接することが楽しくて楽しくて」と言われる。
そうした中からいくつも医療をテーマとした名作が誕生している。
しかしこれはあくまで副産物。「診療中は診療に専念するのが患者さんへの礼儀。医者の言葉は時には患者さんの生死をも左右しますからね」 言葉のおもしろさも言葉の重さもよくご存知なのである。
「医者と患者がもっとお互いをわかり合いながら診療していきたい」と、つい最近、患者さんの希望を受けて院内で川柳教室も始められた。
「すぐれた医師であり、川柳家であった父を越えること」が目標と言われる先生の、これは新たな挑戦の一歩でもある。
遠藤先生自薦句20(一般川柳)

聴診心の音も聞いてやり
点滴のしずく見守る千羽鶴
くじ運は悪いが妻を当てた幸
人生は布オムツから紙オムツ
相槌を打つたび消えてゆく自分
健康の深追いをして不健康
生きていく手口を知ってウツになる
父の背を流した様に墓洗う
町を捨て街でつまづくハイヒール
叱られた事がないから叱れない
(時事川柳)

キツネ目がたれ目になった時効の日
ミレニアム子供が架ける虹の橋 
還暦が米寿を介護する日本
銀行に預金してみる肝試し 
血圧は上がり金利は下降する 
日本のカレーをまずくした女 
先生に念を押してる手術箇所 
携帯を持てばしがらみ一つ増え 
がっちりと握手はするが四島遠い 
いたずらもケンカもせずに塾へ行く
 
往診先で見せられ、初めて知った亡きお父上の句。
地元の警察に頼まれて作ったものらしい。