vita 2002.4.5.6/Vol.19 no.2 情報提供は患者教育の一環 院内掲示板を活用し、患者の理解を深める
情報公開の時代、患者も医療の知識を持とう"えんどうクリニック"で、まず目に飛び込んでくるのは、待合室の壁一面に貼られた医療や健康に関する数多くの掲示物だ。しかも専門診療領域以外の、各種疾患に関する充実した医療情報までも掲示されている。入院病棟の談話コーナーの掲示板も同様である。 さらに、外来受付の上部には液晶画面上を無音声で医療情報が流れる"メディウインドウ・システム"が設置されている。 壁一面が掲示物で埋まった理由について、遠藤院長はこう語る。 「今日の医療機関の悩みは、一人一人の患者さんに問診の時間を十分取れないこと。 そこで、診察を待つ間に見たり読んだりできる病気や健康に関する情報を提供できれば、患者さんが勉強できると考えました。これからは、患者さんが自分の病気や健康について理解を深め、疑問を専門家に聞けるようになることが大事。 そのため当院では、診察を待つ間に掲示板やメディウインドウの医療情報を見てもらうようにしています。 自分の病気に対する何らかのヒントになると思います」。 待合室にテレビがないのもその考えの表れだ。 事実、付き添って来た家族の方が掲示板の医療情報を見て、もしやと思って受診したところ胃がんや乳がん、直腸がんが発見された例があるという。 このように医療情報の提供が具体的な成果に結びついてきている。 患者さんへの積極的な情報提供の一環としてユニークなのは、健康や食事、薬などを分かりやすく紹介した院内報“まごころ医院新聞"を発行していること。そこで職員全員の紹介もしている。 ホームページにも患者さんに有意義な情報を満載している。 とにかく、患者さんへ積極的に働きかけて、情報提供をしようという姿勢なのである。 便秘の正しい指導"便秘外来"を実施日本人には便秘の人が多く、それに伴って痔疾患者も多い。「極端な話、便秘を治すと痔疾も治ります。 その上、便秘は大腸がんの一部の原因にもなるので、たかが便秘と軽くみてはいけない」と院長は言う。 しかし、比較的便秘を軽く見て、誤った対処法をしている人が多いという。 「正しい便秘の対処法の指導を痛感していた」院長は、開業と同時にわが国では珍しい“便秘外来"をスタートさせた。 便秘の原因には心因性や薬剤性、また、食事の摂り方などさまざまである。 心因性便秘の代表例に、通勤や受験などストレスがかかると下痢や便秘を繰り返す“過敏性腸症候群"がある。 また、家族や身内などの人間関係も便秘の原因になるという。 薬剤性便秘は、うつ病や分裂病治療のための向精神薬や、腹痛を止める痛み止めなどが原因。 時には風邪薬として処方された咳止めが原因で便秘になることもある。 しかし、精神科に通院していることや身内の問題は、看護婦や看護助手のいる診察室ではなかなか口に出来ないもの。 「的確な診断・治療のためには患者さんの生活環境や服用している薬などを、きちんと話してもらう必要があります。 これは5分や6分の診察では無理。 しかし、大勢いると話せないことでも、個別なら話してくれます。 だから個人面談での問診が、非常に大事なのだ」と、院長は便秘外来の有効性を強調する。 “便秘外来"は予約制で、通常の診療時間終了後に行われる。 しかも患者さんのプライバシー保護のため、カンファレンスルームで院長との個人面談形式で行われている。 面談は普通1人10分〜15分程だが、長いと30分から1時間に及ぶこともある。 原因が薬剤の場合はその疾患か、便秘のどちらを優先して治療するかをその診療科の医師と話し合い、患者さんにはインフォームド・コンセントを行う。 さらに院長は「問診だけで病気の7割は分かるといわれているので、問診に時間をかけないのは良い臨床医と思えないし、単に投薬するだけでは医療とは言えない。医師にもコンサルタント的資質が不可欠だ」と持論を話す。 便秘で一番怖いのは「大腸がん」。 ただの便秘と思っていたら、実は大腸のシコリによって便秘になっているケースが時にはあるのだ。 「がんは絶対見逃してはいけない」と語気を強める院長。 そこで胃・大腸内視鏡や痔疾患の日帰り手術などを得意としている同クリニックでは、がんを見逃さないために、下血や便通異常の患者には大腸内視鏡の検査を薦めている。これでほぼ数パーセントの大腸がんを発見しているという。 便秘の解消は食生活の改善から同クリニックでは、便秘と分かってもすぐに投薬しない。それは「食事を含めた生活指導から診療を行うことを基本スタイルにしている」ためだ。 院長との面談が終了すると、院内栄養士による食事指導へと引き継がれて行く。 同クリニックでは独自の指導用パンフレットを作成しており、患者さん個々の生活に合わせた食事指導が行われている。 また、便秘は食生活を改善するだけで治ることもままあるということだ。 近年、増加傾向にあるのが「子供の便秘」。 特に、乳幼児の痔疾患者が増えているという。 乳幼児の痔疾の多くは裂肛で、その原因はほとんどが便秘。 しかし、多くの母親がそれに気づいていない。 しかも、そういう母親に限って「便秘に無頓着な人が多い」という。 母親達は便秘に対して安易な認識しかない。 例えば、子供は食事に食物繊維が不足しているため便秘になることもある。 そこで同クリニックでは、乳幼児の便秘を防ぐために母親に対する食生活の指導も行っている。 心のカウンセリングも行う「健康相談会」患者さんはいろいろな悩みを抱えて医療機関に来る。中には、診察室内ではその悩みを話せない人もいる。 そういう患者さんのために同クリニックでは、隔週木曜日午後7時から行っている“健康相談会"に来てもらっている。 健康相談会の前半は参加者全員に病気や検査の知識といった勉強会的なことを行い、後半は希望者を対象にカンファレンスルームで個別カウンセリングを行っている。 「ここでは自分の病気のみならず、身内の人間関係などの問題も話してもらいます。 全て解決することはできないけれど、話をじっくり聞いています。 これが健康相談会を行う一番の意義、充実した外来だとも言えます」。 時には夜遅くまで話を聞くこともあるが、院長はその効果に十分な手応えを感じている。 漢方外来と漢方薬のクリティカル・パス“痔疾"や“便秘"治療に漢方薬を使っているのも、えんどうクリニックの特徴と言えるだろう。漢方薬の長所は、「患者さんの体質とピッタリ合えば、西洋薬以上に効果があることもあります。 これが魅力です」と話す院長。 同クリニックでは毎月第3土曜日の午後に、漢方に関心のある患者さんを集めて“漢方外来"を行っている。 講師は院長と漢方専門の薬剤師が務めている。 また、遠藤院長は漢方薬を利用した“痔疾"と“便秘"に関するクリティカル・パスを作成した。 これは自覚症状に対応する漢方薬を“実証"“虚実問証"“虚証"に分類して一覧表にしたもの。 クリティカル・パスの目的を院長は「これによって他の医師も容易に漢方である程度の便秘や肛門疾患の治療ができるようになること」だと。そして「面白いアイデアや実績が上がること」も期待していた。 この“痔疾"に関するクリティカル・パスについては2002年の日本東洋医学会(名古屋)で発表することになっている。 院内勉強会と双方向コミュニケーション“えんどうクリニック"は外科・肛門科・胃腸科がメイン。しかし、内科も標倍している以上、高血圧や糖尿病、心臓疾患の患者さんも来る。 しかも、専門外だから診察できないでは済まない。 そこで同クリニックでは「医療スタッフは専門診療科以外でも、ある程度の知識がなければならない」とする遠藤院長の考えに基づき、院外から専門医を講師に招いて“院内勉強会"を行っている。 これは全職員が参加し、開業以来隔週で行われているのだ。 「待合室に掲示してある病気について患者さんの質問には看護婦はもちろんのこと、事務員や厨房担当に至る職員全員がきちんと答えられなければならない。 “私は事務だから分からない"ではいけない。だから皆で勉強しようということです。 元々はスペシャリスト志向ですが、必要最低限の知識は職員全員が持ち、共有化すべき」と院長は強調する。 このように、院長以外の医療スタッフまで専門診療科以外にまで知識を持っていることで、同クリニックの内科のプライマリー・ケアにつながっている。 “えんどうクリニッグ'では、患者さんの意見や要望をクリニック運営に反映していることも特徴的。 開業以来同クリニックではアンケート箱を用意し、患者さんからの意見や要望を集めている。 そして、それらの意見・要望に対して全職員で改善策を話し合い、その結果を『患者さんの声・Q&A』というチラシにして患者さんへ配っている。 「開業以来、患者さんからの意見を聞き、患者さんのためにと考えて日々努めてきました。 医療というのは患者さんがいてこそ成り立つ仕事ですから、医療関係者は患者さんの意見に耳を傾けることが大事です。 そして医者1人ではなく、全職員が同じように頑張ってこそ、はじめて一つの医療体系が出来上がると思います」(院長)。 地域医療のポイントは病診連携と診診連携の組み合わせ “えんどうクリニック"の年間新患患者数は約3,500人。 そして、重複紹介も含め年間900例ほどの患者さんを他の医療機関に紹介している。 「1度診察して、これは自分の範曙じゃないと思ったら、積極的に他の専門医を紹介します。 何でも診るというのも診療所の生き方かも知れませんが、私はそういう時代は終わったと思います」というのがその理由だ。 院長の紹介方法は特筆ものだ。 医療機関を紹介するのは当然として、何科の何先生に診てもらうこと、さらにその先生の専門や人柄などの情報まで付け加えて紹介している。その考えに至ったのは、開業当初に言われたアドバイスからだ。 「当初は紹介すると患者が減ると思っていました。 しかし“良い先生を紹介するとその患者は戻ってくる"とある先生に言われ、目から鱗が落ちました。 実際、良い先生を紹介すると患者さんに感謝され、新患まで連れて戻って来ました。 これが病診連携の一番大事なところだと思います」。 今や医療は病診連携、診診連携の時代。 しかも、専門性のある診療科で開業する医師が増えているので、大病院へ行かずともよくなってきている。 院長は、これからの地域医療の主役についてこう話す。 「病診連携と診診連携をうまく組み合わせられる人が、これから求められる医師だと思います」。 大腸内視鏡や胃カメラ、痔疾や小手術などと、休む暇がない院長の唯一のリフレッシュ法は「川柳」だ。 院長の作品に'聴診器心の音も聞いてやり"がある。 聴診器は心臓の鼓動を聞くものだが、それで「心の音、つまり悩みまで聴いている。 病気だけではなく、その人全体も診ましょう」という意味だ。 「患者本位の医療サービスのキーワードは、まさにその川柳の通り」と明るい笑顔で結ぶ遠藤剛院長だった。 |